【 新発明? 】 本書では割愛した、あるいはその後着想を得たアイデアについて

051-7 津波から命を守るための制度設計  2012/6/16

 

  ・・・道三諸国遍歴の時或る浦方を廻りて、壱人の漁家の男其血色甚だ衰へたる

  る故、其家に立寄家内の者をみるに・・・其身の脈を取て見るに是も又死脈也。大

  に驚き、「斯く数人死脈のあるべきやうなし。浦方なれば津波などの愁ひあらん。

  早々此所を立去りて山方え成共引越べし」と、右漁父が家内を進めて連れ退きしが、

  果して其夜津波にて右浦の家々は流れ失せ、多く溺死せるもありしとや。病ひだに

  知れがたきに、かかる神脈は誠に神仙ともいふべきやと語りぬ。
    (根岸鎮衛耳嚢(中)』巻之五「道三神脈の事」)

 

 「学問」に自然科学、社会科学、人文科学、があるように、その具体的応用分野に、自然技術、社会技術、人文技術という概念を定義できるそうで、前者は学者を主な担い手として、どちらかと言えば小さいながら普遍性のある新しい発見を目指すのに対して、後者の担い手は、技術者、法律家、役人、銀行員、作家、広告代理店など、ありとあらゆる形の商売人が関わり、既存の技術に自身の工夫を組み合わせて具体的な事柄に対して応用していく方向を志向していることになります。
 ただ、地震災害から人々の命を守るという課題に関しては、地震予知から耐震基準、防災設備に至るまで、どちらかと言えば学者が中心になって意見を述べ、法整備や公共投資の方向を決定していくように見え、それでいて最終的に人々の命を救うことに対する責任を負う立場にはないというところが、今回の災害で多くの命を救えなかったひとつの落とし穴であったのかもしれません。

 

 以前旅先の宿で、テレビのワイドショーで口角泡を飛ばして政局の予言に勤しむ学者を見ながら「こんな当らない予想屋みたいなのが次から次へとよく出てくるものですね」と近くにいたオジサンに言ったところ「予想屋ってね、意外と続くもんなんですよ」と返ってきて、ひとしきり笑い合ったことがありましたが、確かに当ろうが当たるまいが成り立つのが予想屋の商売だとすると、その意見は参考にはできても、重要な判断を委ねるわけにはいきません。
 大震災の前日まで頻発していた宮城県沖での地震を分析していた東北大学の先生が、強い悔悟の念を以って大地震の予知に失敗したことを反省していましたが、この先生もあくまでも大地震の発生を当てることを職掌と自任しているわけですから、一両日中にM9クラスの大地震が起こると予言できる、まさに千載一遇のチャンスを逃した悔悟ということになり、津波から人々を救うための技術や判断力を期待するわけにはいかず、たとえ冒頭に挙げた、曲直瀬道三のような名医中の名医が津波の到来まで予言できたとしても、依然として良く当たる予想屋の域を出ませんから、その能力を前提に制度設計をするわけにはいきません。

90名の子供たちの命を数った中浜小学校
90名の子供たちの命を数った中浜小学校

 津波は、英語で "tidal wave" とも言われるように、数十キロにも及ぶ長い波長のためにあたかも潮位の変化のように現われるのですが、それでも潮の満ち干ではなく方向を持った波であるため、仮に10kmの波長の波が海岸に押し寄せて1kmに縮まった時には、波の高さは10倍に拡大することになり、沖合では小さな潮位の変化に過ぎないものが「津波」の名の如く港に達すると大きな被害をもたらすことになります。
 大震災以前には、毎回気象庁から発表される津波の予報は「何十cmの潮位の変化」という形で表現されたため、違和感を感じる人も多かったと思われますが、気象庁の立場での厳密さを保とうとすればそういう表現になるとしても、一番必要な情報はそれぞれの地域のどれだけの範囲が浸水する可能性があるかであり、実際には既存の技術だけでその予測は可能であるはずです。

 

 そこで、たとえば、今回の震災の津波を日本の沿岸を襲いうる最大級のものと仮定して「レベル5」とし、被害を与え得る最小の「レベル1」までを階層化して、それぞれのレベルに対して浸水の可能性のある地域を地図上に示していくことで、日本中の海岸や港町で避難するための共通の指針をつくることは可能であると考えています。
 もちろん、海域によって起こりうる地震の規模や津波の規模は異なるので、たとえば、安房洲崎から知床岬までの太平洋岸は最大で「レベル5」まで、安房洲崎以南の太平洋岸と日本海岸が最大「レベル4」まで、それ以外の外洋に面した海岸が「レベル3」まで、瀬戸内海や有明海、大村湾が「レベル2」までが到来しうると規定すれば、それぞれの地域での備えの指針になります。そうして、それぞれの地域で、それぞれのレベルの津波が押し寄せた際に、どこまで逃げる必要があるのかを細かく規定し、そのための道筋を確保しておくことができれば、まちづくりの上でも普段の生活の心がけの上でも有用な指針になるはずです。 

比較的安全な地域に多い標高の表示(鎌倉、横浜、堺、豊橋)
比較的安全な地域に多い標高の表示(鎌倉、横浜、堺、豊橋)

 今回の震災で言えば、たとえば原ノ町から釜石までに「レベル5」の津波が来ると警報が出され、その外側の大洗までと八戸までが「レベル4」、さらには安房白浜と襟裳岬までには「レベル3」の警報が出されるような形になり、東京湾にもレベル2の津波が来たことになりますが、それでも入口が狭い内海である東京湾では避難の必要のある地域はほとんどなかったという形になり、レベルごとの浸水の程度が明確に示されるようになれば、東京にも大津波が襲うなどと言う予言によって公共投資を煽ることは出来なくなります。
 港湾の地形によってはレベル1でも避難の必要があり、河口の砂浜にできた閖上のような町の場合も、レベル3までは避難の必要はないけれど、レベル4以上が予測されれば、しかるべきところに避難する必要があるという判断が、現場でも旅行者でも外国人でも可能と言うことになります。

 

 鎌倉は、関東大震災で津波の死者が特に多く、その他の地震でもたびたび津波の被害を受けているそうですが、その鎌倉が仮に世界遺産に登録されたとしても、いざ津波に襲われれば物質への執着を断ち切って身ひとつで逃げなければならない訳ですから、観光客の生命を守る上でも、明確でシンプルな指針は必要になります。
 市では、滑川の流域の低地があらかた水没するハザードマップを作成していますが、これだけでは、いざ津波警報が発令されたとしても、市民や観光客は実際に到来する津波の規模を予測できない限り、どこまで逃げれば良いのかがわからないということになり、これに対して、仮に階層化されたハザードマップが作成されて、レベル3の津波が来ると警報が発令された場合、自分のいるところがレベル2の地域であれば、レベル4以上の地域に避難すれば助かるということになるので、現場で個々人が判断することが可能になります。

 

 詳細なエリア分けは不動産価格への影響が小さくはないと思いますが、火災の際の避難路のようなものとして認知されれば、それぞれの地域での暮らし方も安定したものになっていくものと考えられます。

 

追記 2014/05/31

 

 先日、都司嘉宣さんの「千年震災」という震災直後に出た本を見つけて読んだところ、 ちょうど同じような階層化の考え方が示されていて、また地震の予知を「競馬新聞」に例えていたところも奇妙な一致でした。

 

 もうひとつ、テレビを見て思いついたことを。

津波が押し寄せる地域を社会主義特区に
 津波に対する防潮堤の高さを規定するために「レベル1、レベル2」という区別が使われ始めたそうで、要はそれぞれのレベルに応じた防潮堤を建設するというのが国土交通省の方針になったようです。

 そこで、地域に特有な政策を霞ヶ関の干渉なしに実現するために「特区」という制度があることを利用して、国が巨額の費用を負担する津波の被災地の復興においては、「社会主義特区」のような形で土地や建物の私有を大幅に制限することが有効かもしれません。
 そうして計画的にまちづくりを行うと共に、住民は初期投資なしに相応の負担で集合住宅に暮し、老人や障碍を持つ人々が住む場所や階を計画的に設定することで津波が押し寄せた際に避難の効率を確保すると共に、私有財産への執着のレベルを低くすることで、かけがえのない命を救う可能性を高く保ち続けるという点でも効果があると考えています。

 社会主義というのは何もロシアや中国の専売特許ではなく、消費税やガソリン税が高く社会保障や住宅、教育などに手厚い欧州などはおおむね社会主義と言って良いほどで、ことに、過去に発達しすぎた資本主義や民主主義が原因でスペインとの戦争に苦しみ、後にイギリスとの戦争にも敗れて軍門に降ったオランダの場合は、海面下の干拓地を管理して暮しを続けるためには、どうしてもそうした共同体的な社会が不可欠で、今では「どの1センチ四方も用途が定められている」というほど強い国土計画に昇華していますから、定期的に大津波に襲われる可能性を根性論で乗り越えることが出来ない限りは、その宿命的な弱点に適した共同体組織というのも必要になるのではないかと考えられます。

 

単線新幹線の駅間隔と所要時間(国土地理院地形図を使用)
単線新幹線の駅間隔と所要時間(国土地理院地形図を使用)

080-6 夢の単線新幹線 ~表定速度140km/hの快速列車~ 2016/12/23

 

 外国人に東海道新幹線の運転頻度を訊いてみると、たいていは1時間に1本かせいぜい2本程度と予想するもので、5分に1本と教えると、なかなか想像できずに困惑するようですが、これは東海道新幹線が異常なのであり、これを基本に考えるから、田舎には新幹線は要らないと短絡しやすいのですが、東北地方の平野部の人口密度が、欧州で最も稠密なベネルクス地方と同程度なわけですから、効率の良い交通インフラを整備する余地は残っているものと考えられます。

 

 整備新幹線の事業は、北海道新幹線札幌延伸と長崎新幹線の完成を以ってひとまず終了になりますが、取り残された地域との交通格差を固定されたままにせず、単線新幹線の規格を案出することで、投資効率を向上させることは可能であると考えています。

 ここでは試しに札幌と旭川とを結ぶ高速路線を、北海道新幹線とは相互乗り入れのない別個の路線として、ミニ新幹線と同じ在来線断面の標準軌新線を単線で整備することを考えます。

 単線はケーブルカーのように途中駅での列車交換が必要ですから、往復の列車のダイヤを合わせること、かつ駅の間隔も合わせること、すべて各駅停車に設定することで初めて待ち合わせ時間の少ない運行が可能になります。

 

 札幌-旭川間はJR在来線では137kmありますが、新線は途中駅3駅でいずれも函館本線への接続を持ち、それぞれの間隔を35kmに固定し、両端は35km以下になるようにします。

 この35kmを停車時間も含めて15分で結ぶこと、すなわち表定速度140km/hでの走行が基本設定になります。

 

 停車時間を3分とし、加減速をN700系よりも少し小さい0.08Gと設定すると、12分で35kmを走行するには最高速度193km/hが必要という数字になり、50年前の技術でも十分に可能です。

既存駅以外に在来線との接点を設け、乗り換えの便を考えた構造が望ましい。
既存駅以外に在来線との接点を設け、乗り換えの便を考えた構造が望ましい。

 途中駅は、例えば図のように駅の手前2kmほどの減速を始める前に上下線とも側線に分岐すれば、仮に制動が利かなくなっても交錯することにはなりません。

 これにより、札幌-旭川間は50分弱で結ばれることになり、4編成で30分ごとの運転が可能になります。

 北海道の気候を考えれば、全線屋根付きかトンネルで雪が入らない構造にすれば、建設費は上昇しても維持費用を圧縮することができるでしょう。

 停車駅が少なく表定速度が速い高速鉄道は、人件費の取り分が非常に小さく、建設費さえ償還できれば一般の在来線よりも経営効率がはるかに高いため、新幹線料金を設定せずに普通列車の快速タイプとすることも可能で、そうすれば新幹線改札は不要で、対面の各駅停車に速やかに乗り換えることも可能になります。

 

 単線の断面となると、建設費はかなり抑えられますが、単線非電化の智頭急行線の建設費が1km当たり7億円ほどであったことから考えると、標準軌電化で高速対応の屋根付き路盤でも、北海道ならば1km当たり20億円程度での建設が可能になりそうで、そうなると札幌市街での地下化を考えても3000億円程度での整備が可能であると考えられます。

 3000億円というのは、北海道民が払っているガソリン税額の数年分になりますが、自動車走行の外部不経済が相対的に小さい北海道に関しては、都道府県に分配する割合を増やすことも合理的な施策になる筈ですから、単線新幹線の普及により、将来的にお金がかからずに済むような交通インフラが整備されれば、道内の距離感も大きく変わり、札幌への一極集中への歯止めにもなると考えています。

 

国道体系化の例
国道体系化の例

011-4 国道と高速道路の数字の体系を見直す  2011/4/2

 

 一見どうでもよいオタク的な発想であり、実現は絶望的にむつかしく見えますし、発想の元はイギリスの高速道路の焼き直しに過ぎないのですが、それでも結構バカにできない効果があると見ています。

 高速道路も国道の体系であり、いずれは無料化されて国道として、自動車交通の主要な役割を担うことになるわけですから、これらを総合的に扱うためには、国道を階層化して体系化する作業が必要になります。

 

 イギリスの例でいえば、たとえば国道5号線が「A5」だとすると、並行する高速道路ができれば「M5」になります。
 イギリスの場合はどちらも無料なので、M5の方は無料の高速道路、A5の方は幹線の一般国道で、A系列の多くは片側二車線で2mほどの路肩を持ち、一応自転車が通ることはできるもののほとんど自動車専用道に近い80km/h制限ほどで、ただ、交差点は基本的に平面交差で、二車線のままのラウンドアバウトになります(幹線道路のラウンドアバウトに関しては本書p88で詳述)

 

 これを日本に焼き直すと、たとえば、有料の高速道路を「T」、無料化された高速道路を「M」、有料無料にかかわらず一般国道の最上位のルートを「A」、旧道などで国道のままのルートを「B」とします。
 つまり、国道1号の一般国道の部分は「A1」で、中には高速道路ではないものの、横浜新道や掛川バイパスなどの自動車専用道も「A1」に含まれ、その場合旧道で自転車や歩行者が通行可能な国道が「B1」となり、自転車はこちらを伝って「1号」を通り抜けることが可能になります。
 東名から名神までの高速道路が「T1」となりますが、無料開放されれば「M1」となり、これによって料金の有無が確認できます。
 個人的な趣味でいえば、「B」の下に旧街道で自転車で通り抜けられる「C」の系列を設定したいところで、要は「C1」は江戸から大阪までの東海道を意味し、さらには石段などで自転車が通れない旧街道は「D1」とすれば、NHKで特集していた街道てくてく旅をトレースすることも容易になります。

 

 現行の高速道路を数字で置き換えるのは難しい作業ではありません。
 たとえば、九州縦貫道は「T3」、横断道は、鳥栖-長崎間が「T34」、鳥栖-日出間は「T210」になりますが、場合によっては「T34」のままとして、一般国道と系統をわけても問題はありません。
 日豊本線に沿ったルートは、「A10」「M10」「T10」などが組み合わせられた形で、宮崎道のうち都城-えびの間は「T221」となり、東九州道の財部-加治木間が「M10」になりますが、今後もA系列の専用道や、M10の建設を進めていけば、高速道路の空白地帯は迅速に解消されていきます。

 山陽道は「T2」、中国道は幹線であるので、「T59」などの新しい番号を付与するのが良いでしょう。
 中国道が「T9」ではいけないのは、いずれ山陰の国道9号の一部として「M9」が整備されることもあり得るからです。

 都道府県道はどうなるのが良いのかと言いますと、実はイギリスにも「B」の系列があり、これが主要地方道に相当すると見てよいと思いますが、日本の場合は「L+4桁数字」くらいで全国を網羅できると思いますから、県境で名前が変わったりということもなくて済みます。

 

 図は、内陸部にある架空の宿場町ですが、街道に沿って「進歩」してきた道路網を階層化することで、それぞれの道路に要求される機能が明確になります。
 この町の例でいえば、高速道路とA系列のバイパスは、すべて自動車専用道のままとして、その機能が維持できるようにすれば、新しい幹線道路は不要であることが分かります。
 今後の課題は、B系列の道路を再編成し、出来ればすべて一方通行化できるように裏通りを建設したいところで、さらにC系列は、もう少し大胆に自動車を排除することで、観光地化しないまでも、宿場の歴史を残しながら、生活の質の高い住宅地に戻すことが可能であると考えています。

 

追記 2016/04/11

 

 英国の地図を眺めていたところ、高速道路「M6」のバーミンガムを迂回する路線として「M6Toll」という道路がありましたから、日本の場合も有料の高速道路は「M〇Toll」とするのが良いのかもしれません。

 松本と福井を結ぶ中部縦貫自動車道の場合は、国道158号の高規格路線として「M158」となりますが、場合によっては「M20」として、下の国道も昇格させてしまうことも可能です。

 

追記2 2017/03/19

 

 日本の高速道路のナンバリングが決まりました。国道との階層化は避けたきらいがあり、三桁国道添いの高速道路にも59番以降の二桁が当てられ、大都市圏の短い路線にも高速道路ではない一般有料道路にも丁寧に番号が振られ、98番までを使いつくしてしまいました。

 

南海道、日豊ミニ新幹線の路線イメージ
南海道、日豊ミニ新幹線の路線イメージ

070-6 新しいミニ新幹線規格 2014/9/14

 

 江戸末期に幕府の要職を務めた小栗上野介は、日米修好通商条約の批准のために地球を一周して帰国した後、いずれ幕府が崩壊したとしても日本としての国力を維持発展させる必要があるとして、横須賀の造船所をはじめとした近代化事業を具体化させます(村上泰賢「小栗上野介-忘れられた悲劇の幕臣」)。

 小栗自身は西軍にひどく畏怖され、戊辰戦争のドサクサで罪なく斬られ、その存在すら封印されることになりますが、後には明治の近代化も畢竟小栗の模倣に過ぎないとか、四十年後の日露戦争の日本海海戦の勝利も小栗の造船所建設のおかげなどと評価されるようになります。


 将来のエネルギー問題を考えた場合、市街交通を担う中心が路面電車であるとすると、国内の都市間の交通を担う中心は新幹線、もしくは新幹線に近い規格の鉄道になると考えられます。
 新幹線の建設には多くの議論があるようですが、自動車や飛行機との競合や、政治的、地域的なエゴなども反映したネガティヴな意見も多いので注意が必要です。例えば、新幹線の開通によって併行する在来線が経営分離されて第三セクターになり、運賃が引き上げられて通学に使う高校生がかわいそうだという話はよく聞きますが、一般に地方私鉄やバス路線の運賃ははるかに割高ですから、幹線を利用する人々はその地域では例外的に恵まれた立場で、その幹線も駅を増設したり快速列車を設定するなどで、ローカル線として使いやすい路線になる可能性も持っています。
 東海道新幹線の計画当時の昭和33年ごろは、鉄道を衰退産業と考える人も多く、すでに高速道路の建設が決定していたのにさらに新幹線などを造る必要があるのか、といった論調が優勢で、広軌(現在の新幹線の軌道間隔で、国際的には「標準軌」)新線の建設によって鉄道の水準が一新されるという、今日から見ればまっとうな考えはむしろ少数意見であったようで、今も高速鉄道に対する一種のアレルギーは残っている可能性があります。
 実際には、新幹線は経営的にも技術的にも成功を収め、毎年数億人の新幹線利用者が全員自動車にシフトすれば、少なくとも1800人の死者と一万人の重傷者が毎年余計に発生するという試算も報告されていますから、新幹線というハードの特長から、将来の鉄道に必要な機能を考えていくことも有用です。(本書 p347)

 

 今現在クルマに乗る人が、本人が死んだ後のことには一切興味がないとか、生涯クルマに乗り続け、本人も家族も子孫も公共交通の世話にならないという「特殊な立場」でもない限り、今支払っている税金が将来の社会で必要とされる項目に投入されことへの理解は可能なはずです。
 新幹線の建設には「莫大」な費用がかかるため反対の声も大きいようですが、一口に莫大と言っても、他の部門との比較や、費用対効果を考える必要もあります。(本書 p351)


 国家百年の大計などと言い始めると大袈裟ですが、ちょうど百年ほど前に後藤新平を中心に標準軌への改軌が構想され、国を二分した論争の結果「建主改従論」を主張した政友会が勢力を得るようになり、改軌を主張した役人が次々に左遷される形で構想は頓挫し、標準軌の鉄道が実現するのはその五十年後にに持ち越されます。
 今から五十年前に開業した東海道新幹線も、国内ではメディアの反対を押し切り、世界銀行からの融資などを得る形でかろうじて実現したものですが、その後の日本の発展に不可欠な役割を果たしたのは事実で、次の五十年は地方の人口の減少や経済の衰退とともに、エネルギーの枯渇や高騰との戦いにもなりますから、エネルギー効率がよく、信頼性や安全性が高く、航空機に比べても遜色のない速達性を持つ新幹線規格の鉄道網を全国に整備しはじめることを考えても良いと見ています。

 ただ、フル規格の新幹線は整備新幹線の札幌と長崎までのルート以外には不要であると仮定すれば、在来線と同じ断面積を持つ山形新幹線のようなミニ規格を発展させた形態は大変に有効になります。

バイパス線の整備の例
バイパス線の整備の例

 そうして、整備の順序としては山形新幹線とは逆が望ましく、まずは右図のように現行の在来線路線のバイパス線として、他の交通との垂直的分離を進めながらも、将来はフル規格並みの速達性を実現する路盤を整備して順次在来線での供用を進めて在来線特急の速達化を進め、将来的に在来線から独立させうるルートが完成した際に、一、二年かけて全面的に改軌を施して新幹線とするものです。

 

 実はこのアイデアは、整備新幹線の代替案として提示された「スーパー特急」というものと基本的には同じものになるため、「新発明」と言えるかどうかは微妙なところですが、スーパー特急は狭軌のまま200km/hを目指す新規の分野であるのに対して、在来線のバイパスとしてはほくほく線や湖西線のような150km/h程度での走行でも十分に速達性が高められ、さらには改軌によって従来技術だけで200km/h以上での走行が可能になると同時に、既存の新幹線に直接乗り入れるというネットワーク性も高めることが出来ます。

 では、それを整備するお金はどこにあるのかと言うと、どこの地方都市でも鉄道を越えるための跨線橋というものが造られていますが、跨線橋は自動車にとってはなんでもなくても、自転車や歩行者には苛酷なほどの遠回りと上り下りが残るわけですから、これがもし今後も増えるものとすれば、そのお金で上下を逆転させて鉄道の方を上にしてしまえば、より広い範囲での立体交差化と市街地のバリアフリーが同時に達成されます。
 在来線の方は、地上の路線として残りますが、市街地の駅の近くに限り高架化することで、全体の利便を確保することは容易になります。

 

 具体的なルートとして「妄想」しているのは、日豊本線ルートや、大阪-和歌山-紀淡トンネル-淡路島-大鳴門橋-予讃本線-豊予トンネル-大分というルートですが、単線区間の整備費用は智頭急行線の実績から1km当り10億円ほどと見積もられ、複線区間が20億円ほどとすると、全体の整備費用を見積もることも可能です。

日豊本線のバイパス線のルート案
日豊本線のバイパス線のルート案

 たとえば日豊本線のうち、小倉-大分間を複線、それ以外をおおむね単線区間として整備すると、6000億円ほどで日豊本線全体にバイパス線を完成させることが可能になります。

 

 左の図は、小倉-大分間の現行の特急の停車駅を温存する形で整備した場合のルート案で、宇島と杵築に関しては新駅で対応していますが、それぞれのバイパス区間が完成するごとに、特急列車の速達化が進むと同時に、その区間では普通列車の特急待ち合わせはなくなるというメリットも生まれます。
 全部のルートが完成すれば特急列車は150~160km/hでの運転が可能になりますから、それだけでも十分に速達性の高いインフラになりますが、さらに、一年ほど特急を在来線に戻して、ミニ新幹線規格への改軌を行えば、1km当り2億円として1200億円ほどの追加費用で、ほぼフル規格のミニ新幹線が完成します。

 

065-6 環状新幹線のすすめ 2013/10/19

 

 品川と名古屋の間を40分で結ぶリニア中央新幹線の計画が正式に発表されたそうです。

 4つある途中駅にすべて停まるタイプは72分かかるそうですから、1駅停車ごとに8分の遅れが生じることになり、この遅れる割合は最高速が速いほど大きくなり、新幹線では5分ほど、在来線では1分かそれ以下が一般的な数字です。

 したがって、途中駅はあまり重要な位置づけではなく、基本的には品川と名古屋という点と点とを直線で結んだものと捉えて良いようです。

 

 今のところは、従来の新幹線も、大都市と大都市という点を結ぶ意味合いが重要ですが、現状で点と点を最短で結ぶ航空機に対するメリットとして、鉄道の持つネットワーク性も重要であると言えます。

 

 これまでは、とかく東京とを最短で結ぶ交通が優先され、今のところは新幹線もそうした機能が第一・・・新幹線で大都市とが結ばれると、商圏や住民が大都市に流出する「ストロー効果」が懸念されていますが、実際にはいつでも気軽に遊びに行ける安心感があれば、都会への憧れは少なくなる・・・また、日帰りの出張が可能になって宿泊客が減ったとしても、長期的に見れば、新幹線の存在はビジネスチャンスを増やし、地域の産業や暮らしを安定したものにすると考えられます。

 実際のビジネスでの利用は、地方都市と大都市との間だけでなく、地方都市どうしの移動も多いようで、例えば山陽新幹線があれば、小倉と福山とか、姫路と広島との移動にも利用でき、それぞれの需要自体は小さくとも、そうした多くの組合せを包括して担うことのできる新幹線は大きな力を発揮し、地方都市の地位の向上につながると考えられます。(6-2-3:新幹線は優良なインフラ/地方都市の地位の向上:本書 p351

鉄道のネットワーク性を生かした新幹線路線網
鉄道のネットワーク性を生かした新幹線路線網

 山陽新幹線の場合は、沿線に工業の盛んな地方都市が点在し、関西圏の三大都市も新幹線の沿線に分散していますが、都心を中心に独立峰のように広い範囲に広がった東京の街で、鉄道のネットワーク性を生かそうとすれば、都心や郊外を通り抜けて反対側まで到達するような路線の設定が有効になります。

 実際に、在来線特急では、伊豆へ行く特急には大宮発があり、安房鴨川へ行く特急には新宿や高尾発があり、松本へ行く特急には千葉発があるなど、ネットワーク性を生かした路線の設定は現実的な流れですから、東京の新幹線も、都心にばかり一極集中させる発想を切り替えて、郊外地域とのリンクを構築する必要はあると考えています。

 

 具体的な路線を考える上では、本書では地方都市内の路面電車などの路線設計に関して、カウエル原型を基本とするのが望ましいという考え方を示しています。

 公共交通は乗り換えが時間ロスになり、鉄道で完全な環状線があまり重要でないのは、環状線を経由すると乗換えが2回になり、都心部まで出て一回で乗り換えた方が速いケースが多いためで、そうした事情が、放射路線の発達と都心への集中を促進した面はあると考えられます。乗り換えによるロスは、運行の頻度が低くなると、急激に拡大し、5分に1本の路線なら2度の乗換えまで許容するのが、15分に1本の路線では1回が限度、それ以上の運行間隔ならば乗り換えなしが望ましいでしょうから、地方都市の場合は、乗り換えなしで多くの移動需要をカバーし、乗換えがあっても1回で済む形が必要です。そのため、ショッピングでの目的地になる都心エリアでは、1本の路線でカバーできるエリアを増やしつつ、すべての路線どうしが必ず交わる路線設計が有効になります。例えば、図6・3で、③に比べると④の方がカバーする面は広く、加えて、④の1本の路線を取り出すと、都心部を広くカバーするルートを描いています。

 このような考えをさらに押し広めれば、⑤のような四本の路線網も考えられ、これは土木工学の都市高速鉄道網の類型では「カウエル原型」と同じであるようです。大阪の地下鉄網や、メルボルンの路面電車網は・・・「ペーターゼン型」という類型に属する・・・地方都市の路面電車網の場合は・・・カウエル原型を基本とするのが望ましいと考えられます。(本書 p344)

 

 東北、北陸、上越新幹線が一本に絞られる大宮-東京間は、程なく輸送力の逼迫が訪れるため、大宮-新宿間を結ぶルートの計画もあるそうですが、東北新幹線の東京-大宮間と大宮-盛岡間の区間で建設費が同程度であった現実を考え合わせると、これ以上都心に路線を集中させても、事業費の高騰と利便の偏りを生むだけの結果になります。

 

 そこで、東京と地方都市とを結ぶ新幹線を、巨大な東京圏の市街交通にリンクさせる意味で、カウエル原型の利点を生かす路線の計画も考えられ、方法はいろいろ考えられますが、たとえば、新横浜-大宮間に、図のように東京の西郊を抜けるバイパス路線(登戸、立川、所沢などを経由)を設定し、東海道新幹線は3本に2本は都心を抜けて大宮まで、3本に1本は西郊を迂回して大宮までとして、反対に北陸新幹線は、3本に2本は西郊を抜けて新横浜まで、3本に1本は都心を抜けて新横浜まで、という路線設定にすれば、直通で行くことのできる地域は首都圏全体に広がります。

環状新幹線の効果
環状新幹線の効果

 ここで、品川駅でのリニアへの乗り換え時間を15分とし、新幹線への乗り換え時間を10分などと仮定して、名古屋へ到達する時間を概算すると、千葉や柏ではメリットが小さいものの、多くの地域でリニア建設の半分程度の効果はあることになります。

 さらには、この一本の環状路線ができた場合に、仙台への所要時間を概算すると、同様に大きな時間短縮効果があることが分かります。

 つまり、現行の新幹線網というネットワークから独立したリニアという路線による効果は、東京の都心と名古屋駅との間に限られるのに対して、東京に環状新幹線網を建設することによって、仙台へも新潟へも北陸へも、名古屋へも静岡へも、大きな時間短縮効果が現れることになり、そうなれば仮に東海道新幹線の輸送力の補完のために非リニア中央新幹線を建設するにしても、当初は立川始発で、徐々に環状路線を延ばして、千葉方面へ到達するような発想も可能でしたし、その延長で成田への延伸という流れも現実的なものになっていました。

 

 実際には、東海道新幹線と東北新幹線との周波数の違いという大きな障壁があり、直通列車を設定するには、二つの周波数に対応した列車(今のところ北陸新幹線にのみ設定)が必要ですから、そのため、大宮-新横浜間はどちらも東海道新幹線に合わせた60Hzにする必要があり、場合によっては東北新幹線の多くが大宮止まりになることになりますが、それでも、多くの地域どうしの移動をまかなうことが可能になり、社会全体の利便性が向上することになります。

 

追記 2014/07/06

 

 自著で参考文献として引用した「リニア中央新幹線で日本は変わる」(2001年)では、東大都市工学の学者を中心に中央リニア新幹線を推進する動きが強く、実際にその後、あくまでもJR東海という一私企業の事業として、東海道新幹線から上がる莫大な利益を投じてリニア計画が進められることになりました。
 これに対して、社会としてはその有用性を見出すことが出来ないばかりか、技術的にも不安定要素が多く、ネットワーク性のないインフラの構築は失敗事業になると予想していましたが、橋山禮治郎氏の「リニア新幹線~巨大プロジェクトの『真実』」によると、まさにその通りで、JR東海自身もリニアはペイできないことを認め始めたのだそうで、リニアを持ち出した背景には、中央新幹線の免許をJR東海が独占する目的を中心に、副次的にはそれによってルート上の自治体による干渉を排除しやすいことなどが考えられますから、いずれはルートも含めた見直しがなされる可能性が高いと想像され、ほっと胸をなでおろしています。

中央非リニア新幹線西区間を建設した場合のネットワーク
中央非リニア新幹線西区間を建設した場合のネットワーク

 では、これが中央非リニア新幹線の計画に変わった場合に、その路線の優先度はどの程度かというと、東京-大阪間の3本目のルートに比べれば、2本目の北陸新幹線の全通を急げばよいことになり、そのほか札幌や長崎までの一本目のルートに比べても優先度は下がるでしょう。ただ、開業から五十年を経過した東海道新幹線にはいずれ一、二年を運休にしての大規模なオーバーホールが必要になるとも言われますから、それまでに自前での代替ルートを確保して行くとすれば、中央新幹線にも意味が出てきます。
 そこで、そうした状況に際してJR各社間で協力し合うことが出来れば、別の安上がりな方法も見つかるはずで、【第2コラム】の「もし上越新幹線ではなく「信越新幹線」だったらに載せたような中央非リニア新幹線の西区間を先行で建設すれば(右図)、東海道新幹線のオーバーホールは東西の二期に分けて可能になり、その後の中央東区間については、必要性に応じて路線を考えればよいということになります。

 

追記2 2015/01/04

 

 仮に中央非リニア新幹線の免許をJR東海の独占とし、その建設に国費で補助をする代わりに、現行の東海道新幹線のうち、東京-三島間をJR東日本に、新大阪-米原間をJR西日本に移譲してもらうことが出来れば、路線全体は、図のような色分けになり、東京-大阪間は三重の路線で堅固に結ばれ、各社の棲み分けや競争関係もバランスの良いものになると考えられます。

 

下総台地の上、樹木に囲まれ、槇垣を巡らした佐倉藩武家屋敷
下総台地の上、樹木に囲まれ、槇垣を巡らした佐倉藩武家屋敷

064-7 里山市街地 2013/7/13


 今ある市街地を快適なものに改造するにしても、全く新しい市街地を造るにしても、地盤が古く安定していて、水害から比較的安全で、樹木に囲まれたような土地が望ましいと考えられます。

 そうなると例えば関東平野の中でも、下総台地や武蔵野台地のような洪積台地を中心に市街地として開発し、その台地上の市街地の中でも小さな谷地や、周辺の崖地などは公園などにして、その周りの沖積低地はなるべく市街化せずに農地として残しつつ、幹線道路のバイパスなどはむしろそうした沖積低地を中心に建設すれば、住環境と経済活動の効率とを両立することが可能なのではないかと考えています。

 

 そうした里山的な丘陵地を住宅地として開発した例は、大都市圏を中心に多く見られますが、里山に関しては、これを残さないと生物の多様性が維持できなくなるという意見も多いため、迂闊に手をつけてはいけない領域のようにも思われましたし、実際には徹底的な変更が加えられて、折角の豊かな森の要素を残さずに開発してしまっていることは、大都市自体の問題を拡大するだけの結果になっているように思われます。

 

 以前、日本に来たアメリカ人が、日本の国土の大半が森林におおわれ、その中に都市が集約されていることに驚いていましたし、確かに15年ほど前の冬に韓国に出張して数週間滞在して日本に帰った時には、乾燥して禿山が多く砂埃が舞う韓国に比べて、成田周辺の丘陵地には冬でも黒々とした森が広がるのが見えて、それを日本の風景の特長と捉えたことがありました。反面、建築デザイナーの趣味の問題もあるのか、現代の日本の都市内や都市の近傍からは、明らかに樹木が減少する傾向が見られますから、都市と樹木との共存関係に関しては十分に考慮しておく必要があります。

 

 これまでも、雑多な書物の知識から、

 

   江戸期の下総台地などの場合は、沖積低地は水田にされて、山の水系から孤立し

  た半島の洪積台地は水利が良くないので、幕府の牧場がひらかれましたが、水道と

  いう技術が確立した現代の宅地開発を考えると、比較的安全な土地柄であると言え

  ます。

   つまり、大水の時には、残念ながら水田は水をかぶるけれども、人の住む少し高

  いところはその中に浮島のようにかろうじて残ることができる・・・現代において

  宅地開発する場合も、低湿な農地にはなるべく手を着けずにそのまま残し、少し高

  台に当たる洪積台地を中心に、計画的な市街化が行われるイメージを思い描くこと

  ができます。(010-7 東北の大地震/コラム

 

  実は、文明が起こる前までのメソポタミアはレバノン杉に覆われた緑豊かな土地で

  あったと言われ、文明の発達によって森が蚕食されて次第に砂漠化したそうで・・・

  日本の中国山地の山々も山陰の製鉄や山陽の製塩によって荒廃し、土砂が流されて

  行った経緯があり、ギリシアの山が灌木におおわれた痩せ地なのも同じ原因がある

  と言われますから、未熟な技術のまま文明化を実現しようとしたら、近くの土地を

  荒廃させ・・・(018-2 エネルギーバランスについて/コラム

 

  武蔵野の風景の特色はナラやクヌギなどの「落葉広葉樹」であったそうですが、広

  葉樹に覆われた割合が高かった時代の関東平野では、蒸散により立ち上る水蒸気が

  夕立ちのタネになり、単純な砂漠的な暑さに変化を与えていたはずです。その夕立

  も、篠突く雨の後のカラっと晴れてヒグラシが鳴き出す、そんな心をきれいさっぱ

  り洗い上げてくれるような、江戸期の夏の気持のよい夕立は明治期では経験できな

  くなったと言いますから・・・(021-3 ヒートアイランド/中身チラ見せ1

 

などと述べてみましたが、最近になって、ある程度体系的な知識を得られる本を読むことができました。

 

 もともとは、山の近くに人が住み始めると、桃太郎のおじいさんのように柴木を刈りに山へ入ることで、地味がやせて松林が増えると言われましたが、太田猛彦氏の「森林飽和」(NHK出版)によると、経済活動が活発になりながらも、山の木以外に建築材料やエネルギー源を持たなかった江戸期を通じて、日本の森林は過剰に「収奪」され続け、実際に製塩や製鉄、それに製陶によって多くの山が荒廃し、特に中国山地の花崗岩質の岩は、むき出しになると一気に崩壊が進んで海へ流れ出して白砂青松を形成するなど、明治の初めの頃には近隣の山々は里山どころか、ほとんど禿山と言ってよい状況であったそうです。

 

 現在の日本の山の風景は、明治期以降の植林によって森林を復活させた結果であって、その森林やダムが雨水を蓄え、土砂の流出を食い止めて来たのですが、その森林もすでに飽和状態にあるばかりか、土砂の流出が減少しすぎたため、砂浜の後退が今後の問題になるそうですし、住宅地に隣接した山々も、適度な収奪が行われなくなったことで「里山」ではなく「奥山」化したため、本来は奥山にしか棲息しない野獣が住宅地に現れるひとつの原因にもなっているそうですから、今後は森の恵みの利用と言う適度な収奪の方法が課題になりそうです。

 

 太田氏の本では、森林の保水能力に関しては、降雨を地表水として流出させずに地中や葉の周りに留めておく力としては十分であるけれども、少し乾燥が続くと吸い上げられて蒸散によって空気中に放出されてしまう量が増えて、必ずしも地下水を涵養して川に浸出させる効果は期待できないとのことでしたが、これは実は裏を返せば、山間部では海から供給される水分以外に、山の森林自体から供給される水分が非常に多く、山の中で蒸散と降雨という循環があることを意味しているはずです。

五月の紀州の山は、ウバメガシなどの照葉樹の花と新芽が美しい
五月の紀州の山は、ウバメガシなどの照葉樹の花と新芽が美しい

 また、別の専門家によると、照葉樹の森は、じめじめして陰鬱な感じがするのに対して、落葉樹の森の中はカラっとして明るく居心地が良いそうですから(「照葉樹林文化」中公新書)、都市内の住宅の周囲や街路に落葉広葉樹を計画的に配置することで、住環境を高めることは様々な点で意味があります。

 

 木の葉が日光を遮ることで住宅や街路を涼しく保つ効果があり、アスファルトやコンクリートの面に吸収されて空気中に放出されて内陸部を暑くする熱量を減らすことができます。

 落葉樹からは蒸散量が多く、太陽光のエネルギーの半分は蒸散によって放出され、関東の内陸部に押し寄せる熱波を低減させますし、さらにはその水蒸気が都市の過度の乾燥を防ぎ、ひと雨あれば地面を冷やすので、山の中での循環を平地でも期待することができるようになります。

 
 「地球の肺」などとも呼ばれるアマゾンの熱帯雨林では、太陽光のエネルギーから炭素の固定が盛んに行われていますが、そのエネルギーのほとんどは人間によって利用されないまま、ジャングルに棲みつく昆虫などの動物類によって消費され、いわばシロアリのエサになっているだけで、これが腐敗せずに化石燃料になるのでもない限りは、実は温暖化やエネルギー問題には寄与していないことになります。

 そのため、輸入に頼る化石燃料や原子力エネルギーを除けば、日本に育つ樹木は自前で賄える唯一のエネルギー源でもあるわけですから、近隣や市街地の樹木も間伐や剪定などで材料やエネルギーとして適度に収奪して利用することが肝要で、このような里山の中に町があるような風景を具体的に構想することは多くの意味で価値のある作業になると考えています。

 

029-2 スキポール空港をつくる  2011/9/4

 

 オランダ赴任前までは、文学などを通じて欧州の文化や歴史に少し馴染んでいたという程度で、特に交通問題に興味があったわけではなく、ことに飛行機や空港について考える機会などは全くなかったのですが、欧州での生活や出張でのフライトを通じて、いやでもオランダの空港行政の戦略的、合理的な施策に感心させられることになりました。
 オランダのスキポール空港("Luchthaven Schiphol" 日本語に直訳すると「船久保空港」ほどでしょうか)は、かつて「ハーレムの湖(Haarlemermeer)」と呼ばれた潟湖を干拓した広大な土地の、海抜でマイナス10mほどの一番の底に作られた空港で、首都アムステルダムからは電車でもクルマでも10分ちょっと、国会や中央官庁があるデン・ハーグやロッテルダムへ向かう幹線の鉄道と高速道路が空港の真下を通り、パリ行きのTGVも停車する空港駅は、プラットホームからスロープのエスカレータを一階分上がったところが空港のロビーという便利な構造になっています。

 

 九州とほぼ同じ面積のオランダは人口が1500万人ほど、最大都市アムステルダムでも郊外を含めて百万人程度で、都市や地域としては札幌や福岡と同じ規模ですから、札幌の新千歳空港や福岡空港に相当する位置づけの空港が、欧州を代表するハブ空港として定評があることは参考にすべき例であると見ています。

デンバー国際空港/ Denver International Airport
デンバー国際空港/ Denver International Airport

 一口にハブ空港と言ってもいろいろあるようで、ひとつは単純に大都市の空港で多くの路線が集中するというあまり芸のないタイプで、東京の羽田やロンドンのヒースローがその典型と言えます。これに対してアメリカのハブ空港は、利用したことがある中では、ユナイテッド航空のデンバーやデルタ航空のシンシナティ、ノースウェスト航空のミネアポリスなどのようにひとつの航空会社が中規模の町の空港を拠点として各都市とを結ぶケースが一般的です。

 

 一方では、ドイツのフランクフルト(Frankfurt am Main)のように、ルフトハンザ航空のハブ空港でありかつドイツの国内線と国際線とのハブ空港でもあるというケースもあり、スキポール空港の場合も、オランダ航空のハブ空港でもあり、国内や近隣諸国への路線と、大陸間を飛ぶ長距離路線とのハブ空港でもありますから、フランクフルトに近い位置づけと言えます。ちなみに、千二百年の歴史と帝国自由都市という伝統を持つフランクフルトも、人口規模は札幌や福岡程度で、戦後は西ドイツの首都になるという夢を捨てて、市有地の森を切り開いて空港を建設し、金融と交通という二つの面でドイツの中心となることに成功したしたたかな面を持っています。

 

 実は、政府の仕事は、突き詰めて言えば、市場経済では調整されないこうした外部性をコントロールすることであるとも言え・・・・課税する権限を持たない民間企業にとっても、この外部経済をいかに自社でうまく取り込むかが大きなテーマになることもあり・・・・

 また、多くの政治的な要求も、自身や地域にとって望ましい条件を持つ外部効果を目指しているケースが多く、「近くに空港を造れ」という要求も「空港はよそに造れ」という要求も、外部効果との関係で説明することができそうです。(拙著2-2自動車の社会的費用/外部効果 p57)

 

 さて、日本では、関西空港が大阪への国内線、国際線需要を集約することで、日本のハブ空港を目指して建設されましたが、如何せん事業費は肥大化し、広大な都市域から一か所のハブ空港へのアクセスには問題が残り、結局伊丹も存続、最初の候補地であった神戸にも空港ができるなど、中途半端な位置づけに甘んじていますが、その原因はもっぱら世界的巨大都市に属する大阪の都市の規模にあると考えられます。そのため、使いやすいハブ空港を整備するとすれば、ひとつの空港で賄える程度の中規模の町を拠点とする方が全体としてはバランスや効率がよくなります。

 

 経済学では、大きな初期投資が必要で外部経済の大きな空港や初期の鉄道整備は「市場の失敗(market failure)」に属する「自然独占(natural monopoly)」という形にならざるを得ないとされ、そこには政府の政策が必要になります。地方の場合は整備費用が比較的安く、羽田や関空の数十分の一で済む(一本の滑走路の建設費で比較すると70分の1ほどと云われます)ため、国際空港としての設備と路線を設定するだけでハブ空港に変身できるのですが、ハブ空港として定着するためにはひとつの国内の航空会社がそこを拠点とする気構えが必要ですから、政府の戦略は重要になります。

 

 日本から欧州へ行く場合に、最初に機外に見える欧州の町はサンクトペテルブルクやヘルシンキですから、たとえばパリよりも2時間分近いヘルシンキを拠点にすれば西欧も南欧も東欧でも、直行便のない都市へ到達するには効率が良くなります。同様に、北米から日本の大都市以外の都市に飛ぶ場合、札幌までなら成田よりも1時間分近く、そこで乗り換えれば日本中の地方都市に効率よく乗り入れることが可能です。

 日本列島は、欧州でいえばポルトガルからノルウェーまでに相当するほど南北に細長いため、出来れば南北の端に結節点を持ちたいところで、南の拠点としては福岡が有力な候補になりますが、ここはむしろ、高速鉄道網から外れていることで航空路線が必須である沖縄を南のハブ空港に設定してみたいところです。

札幌と沖縄の現行路線とハブ化イメージ/ Japan's Hub & Spoke Image
札幌と沖縄の現行路線とハブ化イメージ/ Japan's Hub & Spoke Image

 図は、札幌新千歳空港と沖縄那覇空港からの現行の路線を示したもので、これにまだない(あるいは廃止になった)札幌-北米線、札幌-欧州線、さらには沖縄-東南アジア線、沖縄-オセアニア線を設定すれば、地方都市と海外との行き来は格段に便利になります。

 お隣韓国の仁川(インチョン)空港も東アジアのハブ空港を目指した国家的戦略で、確かに地図を見ても日本の地方都市から仁川経由は効率がよさそうですし、実際に日本の市場を当て込む部分は大きいと考えられますが、国際空港には出入国管理とカスタム(税関)という業務が必須ですから、これを地方空港に常備することは経営効率を悪化させます。
 カナダのトロント・ピアソン国際空港のようにアメリカの諸都市への便が非常に多い空港の場合は、空港内にアメリカの入管とカスタムとを置いたボーダー・プリクリアランス(border preclearance)というシステムで国内線扱いで飛ぶことを可能にしていますが、仁川での実現の可能性は低いので、やはり出来れば日本の国内の札幌や沖縄に入管を集約させて、経営効率と利便性の両立を目指す方が現実的です。

 

 仮に札幌経由の欧州便があれば、地方都市からだと地元の空港まで車で行って朝の便に荷物までチェックインしてしまい、札幌で出国手続きをして午後の便に乗ればその日の夕方には欧州に着くことになります。帰りは、札幌で入国手続きと通関を済ませ、乗継便にチェックイン後は北海道のお土産を買いこんだりして待つのが通例になれば、楽しみ方も増えます。

 地方の人々が東京を玄関口として利用しなくなることを以って、日本が素通りされるなどと騒ぐ識者もまだ多いのですが、かつての、飛行機で旅行する人はお金持ち、飛行機で出張する人は東京本社のエラい人というイメージが、今では地方都市から海外へ留学したり、海外から日本の地方都市の工場に出張したり、というごく一般の人々の割合が増えているはずで、直行便を持つ大都市圏の人口を除いても、6千万人ほどの規模になる日本の地方都市を活性化させるためにも、こうした施策は有効なのではないかと考えています。

 

057-8 水車小屋温泉 ~ヒートポンプの可能性~ 2012/12/09

 

 冷蔵庫やエアコンの原理として、フランスのサディ・カルノーが二百年近く前にその原理を発明した「ヒートポンプ」については、学生のころ授業で一度だけ聞いたことがあり、他の熱機関の効率がせいぜい30%程度なのに対して、与える仕事の数倍から、論理的には無限大にまで効率が上昇することに興味を持ちながらも、それ以来かかわる機会はなかったのですが、欧州の住居にしつらえられたラジエータ(暖房用のパネル)の快適さに気づかされてからは、ラジエータの蓄熱機能と相性の良い熱源として、あらためてヒートポンプの効率の良さに着目するようになりました。
 帰国後、折に触れて書物に当たってみても、建築家は暖房自体に興味がないようで、建築設備の専門書でもラジエータにもヒートポンプにも積極的な記述は見られず、結局は当時CMで名前を聞き始めた「エコキュート」というものが、給湯や床暖房にも利用できるヒートポンプ式の給湯機で、通産省と機械工学、電気工学の分野で開発が進められてきたことが分かりました。
 これに対して、国土交通省のヒートポンプに関する政策では、よく知られた地熱や川の水温を熱源として利用すること以外は、火山の地熱を利用するような、ヒートポンプの特性を理解していないようなお金のかかる開発ネタばかりが目につきますから、同じ理科系とはいえ専門外には迂闊には立ち入らないのがエリート専門家の習性であるとすると、建設省にも建築工学の分野にも、その応用分野に関しては、まだあまり知見がない可能性が高いと考えられます。

 

 以前、冬のアメリカ出張でアテンドしてくれた現地の若い技術者に「ヒートポンプによる暖房に興味を持っている」と話すと、言下に「でも外気温が低いと効率が低下するじゃないか」と返されたことがありますし、京都で会ったフランス人の若者は、十年ほど前に多くの老人が亡くなった熱波の反省からフランスでも普及しつつあるエアコンの技術者で、京町家の二階に設置された室外機を見て、日本にヒートポンプが普及していることに驚いていましたから、先進国ではヒートポンプがエネルギー問題で重要な技術分野であるという認識が広まっていることが分かります。

外気温に対する、各給水温を維持する際の効率
外気温に対する、各給水温を維持する際の効率

 もちろん、日本はヒートポンプ技術の先進国として究極の効率を目指した開発が日々なされているものの、震災の前の年まではヒートポンプの排熱がヒートアイランドの主因であるかのような嘘が堂々と流布されていたような社会の状況もあり、その認識はなかなか広まらないようで、それでも最近になって、大きな本屋さんではヒートポンプに関する書物が機械工学から建築設備へと移り始めているそうですから、民間の環境は変わりつつあるのかも知れません。

 

 ここで、応用の方向を考える上での唯一とも言える技術的なポイントは、与えた仕事量の何倍の熱量を汲み上げられるかという効率(COP)の最大値が、(熱源側の絶対温度)/(汲み上げる温度差)で表わされることで、この数式さえ呑み込めば、右図のような効率の曲線を描くことも容易で、機械損失や熱損失を減らして最大効率に近づける技術分野である機械工学、電気工学に関して知識がなくとも、応用の可能性についていろいろ考えを巡らすことは、価値のある作業になると考えています。

 

 ルームエアコンの場合は、ヒートソースにもヒートシンクにも空気が使われ、空気は熱容量が小さく熱伝達効率もよくないので、大量の空気を取り込んで触れさせる仕事が必要で、その場所のひとつである室外機が今なお何となく垢抜けのしない音や振動を立てているのは、空気を使う限りは宿命・・・どうしても時間をかけて熱を汲み上げることが必要で、これがヒートポンプの弱点もしくは特性・・・この特性を考えると、少しずつ汲み上げた熱を貯めておく「蓄熱」の手法を組み合わせることが有効になり、その場合、比熱が大きい「水」を利用することが手近で効率の良い方法になります。(本書p469)

 

 端的なモデルとしては、二つの部屋を持つタンクに25℃の水が入っていて、その間を循環する小さなヒートポンプ機構があれば、どんどん水温を分けて行って、片方を45℃に、もう一方を5℃にすることが可能で・・・(本書 p471)

 

 また、ホテルの各部屋にある冷蔵庫には、ヒートポンプの作用の一種であるペルチェ効果が使われ、このときのヒートシンクにもビル内を通る冷水が使われているそうで、お湯を沸かすと同時に結果的に冷水を作ることが出来る機能は、ことに夏の利用にとっては有利になる・・・(本書 p472)

 

 今のところ、便利な給湯というと、蛇口をひねれば熱湯が出てくるものを理想と考えがちですが、お風呂や暖房に使う程度ならば45~50℃程度でも問題はないはずで、45℃を95℃にしようとすれば効率の低下を覚悟する必要があります。(本書 p472)

 ここでは、ヒートソース側を10℃の外気としましたが、これにある程度の温度を持ったものを使うことができれば、COPは格段に向上し、川の水や地下水を利用するアイデアもあるようですが、環境への負荷なども考えられるので、むしろ廃水の熱を利用できれば合理的であると考えられます。例えば、お風呂屋さんなどを考えた場合、廃水の温度が30℃程度だとして、これをヒートソースとして45℃のお湯を作りだすことが出来ればCOPは15~20ほど、全体としては燃料を燃やすボイラーの10倍以上の効率が実現できると考えられます。(本書 p473)

 

 そこでためしに、ひとつの例として、一年を通じて15℃の清水の湧く場所があり、その近くに一年を通じて安定した水量の小川が流れているとして、これらを利用して毎分10リットルの50℃のお湯が供給されるという系を考えてみます。

 

 まず、温水を熱源とするヒートポンプユニットは、おそらくは右上図のような形態が比較的シンプルで熱交換の効率が良いと考えられます。

 次に、先の数式からは、温度差が大きい場合は、ヒートポンプユニットを多段にすることで効率を上げることが容易に演繹されます。

 毎秒167ml(毎分10リットル)の水を15℃から50℃にするのに必要な熱量は24.5kw(33.3馬力)ですが、仮に温泉の排水が30℃で毎分15リットルの流量があるとすると、右下図のような組み合わせで熱源として利用すれば、供給する仕事量が最小で1.2kwほどで済む勘定になり、仮に機械等の損失で最大COPの6割程度の実力であるとすれば、2kw(2.7馬力)の動力が供給されれば実現することになります。

 

 2kwというのは、小さな水車2~3基分になり、自動車のエアコンのように動力を直接取り込んでクラッチで制御するものになりますが、仮にこれを家庭用電力で駆動したとしても100ボルトで20アンペア程度に相当しますから、効率の良いインバータエアコンのような機構が利用できれば、それなりに採算性の良好なものになり、町の温泉施設などへの応用は可能であると考えられます。

 

越前 勝山
越前 勝山

031-3 側溝考  2011/9/23

 

 以前、ある町の市会議員という人との会話で、「人生の中で信号待ちに費やす時間はどれくらいになるんでしょうね」と話を振ったところ、半ば嘲笑気味に「そんなこと考えたこともありませんよ」と言われましたが、これは無理もない反応で、社会の多くのシステムは電化製品のようなブラックボックスであり、もっぱら消費する側である一般の市民は、専門家が考える仕組みを一種の商品の特性として受け入れるだけです。
 拙著で取り組んでいる問題は、結果的にそんな些末で等閑視されがちなものが多いのですが、その最たる例として、道路の高さや排水路の構造について考察してみます。

 

 子供の頃、日本の道路の舗装率が10%台であった頃に、イギリスでは舗装率が100%と聞いて、おそらくは「道路」の概念が異なるのだろうと想像しながらも(実際に舗装されていない道は「道路」には含まれない規定があるそうです)、その歴史の違いには圧倒されたものです。
 二千年前にすでにローマ街道が舗装されて重量のある戦車が運ばれていたヨーロッパでは、車輪の文化の歴史が古く、舗装もそれに対応していたのに対して、つい百年少しほど前までは大八車すら一般的ではなかった「担ぐ文化」の日本では、道路は基本的に土で覆われていて、それゆえ道路の状態を保つための条件は異なっていたものと思われます。

道路断面と側溝の配置
道路断面と側溝の配置

 図の①は、自動車が登場する以前からの一般的な日本の街道で、雨でも泥濘になりにくいようになるべく路面は高燥にしておいて、家屋の方が低いケースも少なくはなかったと考えられます。
 街道が舗装される時代になっても関係は同じで、②のように道路幅を補うために側溝に蓋がされて、歩行者や自転車はどぶ板の上を歩くのが当たり前になりました。
 ③は、拙著内で駐車帯を設けた煉瓦舗装の街路の例として示したものですが (本書 p111)、人が歩く場所をなるべく高く乾いた状態にして、雨水の排水路を中央の車道の轍の真中に設けることで、歩道の近くには水たまりができにくく、落ち葉などがたまった場合でも清掃車での清掃が容易になるというメリットがあります。
 ④は、拙著内で塀や生垣に囲まれた狭い街路の拡幅の例として示したものですが (本書 p147)、
 ⑤は、細い街路の最終的なイメージで、車道を家屋の地盤よりも思い切って低くすることで、浸水などの被害を防止することを考えています。

 

 つまり、道路が未舗装で人やせいぜい牛馬が歩くだけの時代には、路面を高くして両側の側溝に排水する形になり、その発想自体は舗装率が上昇しても今日まで変化せず、雨水は人が歩く方向に流れてくるため、歩道をむやみに高くするなどの配慮をしてもなおハネが上がりやすいのに対して、発想を少し切り替えるだけで、雨の日にも歩行空間を快適に保つことが可能になるのではないかという考え方になります。

 

 こんな瑣末なことを考える人間は世の中にはほとんどいないと考えていたのですが、実は18世紀の植民地時代のアメリカ人が、ちょうど同じような問題について言及していました。

イギリス カンタベリ/ Canterbury
イギリス カンタベリ/ Canterbury

 こういう改良案の話が出たので思い出すのだが、私はロンドン滞在中、フォザギル博士に次のような改良案を持ち出して見たことがある。

  ・・・
 ついでながら言うが、このような狭い往来では道の両側、歩道の近くに下水をひとつずつつけるよりも、道の真中に一つ設けたほうが便利である。というのは、道に降って来る雨は両側から流れてきて真中で出合い、勢いのいい流水となり、途中の泥を全部洗い流してしまうからである。ところが、二つの下水に分けると、どちらも勢が弱くなってきれいにならず、ただ途中の泥を歩道にはねとばし、道は汚れ、滑りやすくなり、またときには歩行者に泥がはねかかったりするのである。私がこの善良な博士に話した案というのはこうである。

  ベンジャミン・フランクリンフランクリン自伝』 

 

 実業から科学、文筆、政治まで多才ぶりを示したフランクリンも、ルネサンス的大天才というよりはむしろイギリス流、アメリカ流、あるいはピューリタン的な合理主義やプラグマティズムを体現した堅実な人物であり、そうした具体的な理想は今もこれらの社会には生きていて、この数百年の間これらの社会が技術や政治で世界をリードしてきた基礎になっていると見ています。

 日本の繁栄もそうした合理主義を半ば模倣し、日本的な不断の工夫が加えられた結果でしかありませんから、こうした一見バカげた考察もときには必要なのではないかと考えています。

 

061-5 小さな田舎駅の待合室 2013/4/28


 例としては、地方の幹線沿いの小さな駅を想定し、普通列車の本数は1時間に2本程度とします。

 

 駅や駅周辺に商業施設を集中させることに関しては、自由競争を楯に積極的に展開しようとする人々がいる一方で、都市計画や公正な競争の観点からこれを批判する人々もいる・・・地方都市の駅の利用者は学生が中心で、大した購買力は持っていないので、大きな商業施設を作る場合、よその町から電車で来る買い物客を、なるべく駅前にとどめて買い物をさせることを目論んでいる・・・その発想に良く似た例として、JR東日本の大宮駅や品川駅には、駅の埒内(改札の内側の領域)に大規模なショッピングモールが作られましたが、人々を別の地点に移動させるという公共交通の本来の役割に対して、本来は町へ出て買い物をするべき乗客を、改札という障壁を利用して乗客を買い物客として独占しようとするものですから、公共的な役割のために種々の特典を与えられている企業が行うべきものではありません・・・それまで大幅に減免されてきた駅施設の固定資産税を東京都が見直したことは当然の措置 (本書 p254)

ホームの半分を埒外の待合室に
ホームの半分を埒外の待合室に

 都会のターミナル駅には次々に電車が来ますし、夥しい数の利用者にはなるべく立ち止まることなく速やかに乗り継いでもらうなり、改札を出て行ってもらうことが必要であるのに対して、本数の少ない路線の田舎の小さな駅やその周辺を考えると、都会とは逆に利用者以外でも快適に過ごすことができる空間を、公共設備としての駅が担うことがあっても良いと考えています。

 

 例えば、夕方、西へ帰る子と東へ帰る子と駅からバスで帰る子の三人が、それぞれの電車やバスを待ちながらお喋りしたり勉強をしたりしている場合、最近では駅前の学習塾で時間調整したり、駅前のコンビニの前でお喋りしたりという場面も見かけますが、もし左図のように駅のホームのすぐ近くにいながら、雨風を避けて、暑さ寒さもしのぐことができるような待合室を設置できれば、快適さと利便性とを両立する上では好ましいものになるでしょう。
 これは、駅員がいる場合もいない場合も、売店がある場合もない場合も可能な形態ですが、仮に近所のおかあさんがお掃除を兼ねてパンや飲み物を売ってくれたりすれば、比較的安全な通学環境になりそうな気がします。
 駅の線路面は3mほどの盛り土にするのが理想ですが、もちろん自由通路の方を少し掘り下げても、橋上駅からの転換でも成り立ちます。

中央本線上野原駅
中央本線上野原駅

 実は、この形態の駅を着想したのは執筆前でしたが、上梓後に通った中央本線の上野原駅がこの形態に近いことを偶然発見しました。ここは相模川上流の河岸段丘の上に旧市街があり、鉄道は河岸段丘の下に造られたことで高低差があるため、已むを得ずこうした形態になったとのことですが、駅の最終形に関するステレオタイプなイメージを排除してしまえば、上野原駅ほどの重要な駅でも、こうした形態で十分であることが追認識されると思います。

 

 クルマに限らず電車もバスも、車内の環境は昔よりも格段に快適になりましたし、ショッピングモールなども一日中快適で安全に過ごせるようになっていますが、それに対して、商店街の道路や駅舎のように、そのあり方を行政に依存しなければならないものほど、前時代的な苛酷で融通の利かない環境のままで、快適さはおろか安全すらも脅かされているのですから、こんな簡単な工夫の積み重ねで、子供たちに、あまり厳しすぎない環境でのびのびと過ごすようにさせてやることも、行政の役割になるのではないかと考えています。

 

040-4 三叉路の設計  2012/1/13

 

 一般の交差点の信号制御は四つ辻を基本に考えられているため、丁字路や追分のような三叉路には冗長であまり効率が良くないようです。
 全面的な一方通行システムが採用されれば、三叉路を基本とする街区が普通になるのかもしれませんし、田園地帯ならば3mほどの立体式ロータリーが(中身チラ見せ1「006-4 歩道を立体交差化したロータリー交差点」)、歩道の不要な農道などの場合は平面式ロータリーが(本書 p240:農道ネットワーク)、それぞれ効率と安全の両面で有効でしょう。

三叉路の信号制御の例
三叉路の信号制御の例

 本書では、都市近郊で、立体交差を伴わずに自動車や歩行者の各動線を完全に分離して究極の安全性を目指した四つ辻の交差点の例を紹介していますが (p248:バイパス道路の交差点/歩行者とクルマを分離した信号)、その三叉路版はもう少し簡単で、右図の3パターンのような形で完全に動線を分離することが可能になります。

 

 この場合、進入路を方面ごとに分けることから、2車線区間を短くする工夫が必要になる場合もあります。
 歩行者のことを考えなければ、信号の切り替え時間を、たとえば青が13秒、黄色が4秒、時差が3秒の計20秒といった風に短く設定することで、13秒あれば40mほどの2車線区間に溜まった7台ほどのクルマが捌けることになり、なおかつ1分ごとに順番が回ってくるのですから、あまり待たずに通過することができます。
 もちろん、交通流に応じて青信号の長さを変えることも可能です。

 

 歩行者については、一方通行システムが完成すれば、横断者が一回に渡らなければならない距離は1車線分の3m程度で、時速1kmで歩いても11秒で渡り切る勘定になりますが、この例の場合は10mほどを渡るので時速1kmでは36秒かかることになります。
 そこで、横断者がいない場合は20秒ごとに切り替える制御のまま歩行者用信号は青にならず、歩行者が渡る際には押しボタンを押すことにして、その回だけは20秒が50秒に延長されて、歩行者用信号の青の時間が40秒ほどになるようにすれば、安全と効率との両立は十分に可能になります。

 

 本書で紹介した (p248) 交差点も含めて、アムステルダム郊外の信号のある交差点には、こうした歩行者用の押しボタンのほか、進入路の各レーンにクルマの有無や台数を感知する超音波センサが設置され、その情報に合わせて、歩行者が渡るのに十分なだけの青信号の時間を設けたり、都度10秒程度の青信号で5~7台ほどを流すという制御をきめ細かく行っていて、日本の商業社会ならば当然考えるような、交差点に求められる「需要」をモニターして、歩行者や運転手という「お客様」をあまり長くお待たせしないようにする工夫を実施していますが、日本の交通行政にとってもこうした視点はいずれ必ず必要になるでしょう。

 

高知市山の端三叉路
高知市山の端三叉路

追記 2013/08/19

 

 この形態の信号規制が有効な三叉路は多く見つかるはずですが、とりあえずは、鎌倉由比ヶ浜の滑川の三叉路と、高知市山の端(やまのはな)の三叉路などが挙げられると思います。

 いずれも、通過容量を高めるために、入路は二車線以上になっていますから、信号のシステムを変えることと、横断歩道の長さを短めにして、場合によっては押しボタン式にすることでおおむね完成します。

 

国道23号バイパス 伊勢 香良洲口
国道23号バイパス 伊勢 香良洲口

024-6 国道バス  2011/8/13

 

 ・公共交通は速さが命 (3-4公共交通レーン/3-4-1公共交通は速さが命 p131)

 

 バスに代表される公共交通の経営に関して、表定速度に相当する速さが重要であるという事実はあまり問題にされることはありません。

 たとえば、表定速度が速い新幹線の場合、乗務員(運転士と車掌)はひとり一時間当り三百万円という途方もない売上高になり、その他の人員や設備費、機材の減価償却を考えても、人件費の取り分は非常に小さいことになりますが、これに対して、路線バスでは人件費が経費の7割を占めますから、表定速度を改善することによる経営効率の向上の余地は大きく、実際に表定速度の高い高速バスは運賃が割安であることで人気があり、それは千円高速による景気対策によって表定速度が維持できなくなるやたちまち経営に打撃を与えるほどであったりします。

 

 本書では、路線バスの表定速度を向上させる条件として、以下の項目を考え、
1.最高速度の向上
 ①法規の見直し、②線形の改良 など。
2.停車時間、加減速時間の短縮
 ③停車箇所の削減、④乗り降りの迅速化、⑤優先信号 など。
3.渋滞の影響の排除
 ⑥専用道路(軌道)、⑦専用(優先)レーン など

この中でも、市街地での渋滞の影響を排除するための⑦専用レーンの構築の重要性を説いていますが、他の条件をうまく組み合わせることで、表定速度の高い路線を設定することも有効です。

 

 そこで、ここからが「新発明」ですが、バス本来の効率のよさと、地方の道路事情の向上によって競争力が弱まっている鉄道の事情を考え、公共交通としてのネットワークを維持する手段として、国が率先して「国道バス」のネットワークを構築できれば、比較的リーゾナブルな公共交通の維持が可能になるのではないかと考えています。

 

 具体的な路線は考えていませんが、路線の条件を考えると、

1.路線としては、旧一級国道(2桁以下の国道)に加えて、旧二級国道のうち、初期

  に指定されたおおむね250番以下の数字の国道を考えます。
2.条件としては、並行する鉄道路線や、高速道路の路線バスがないこと。またはあっ

  も3km以上離れて市街化された地域が集まっていること。
3.発着は鉄道駅か「国道バス」のターミナルとして、長い路線は最長で50km程度

  のルートに分割する。
4.発着駅付近以外では、ルートはなるべく郊外を通り、おおむね旧市街地の端から

  2km以内であれば一番表定速度の高いバイパスを通ること。
5.停留所の間隔は2km以上として、必ず高速バスのバス停のように専用の側線を設

  ける。
6.停留所の近くには、待たずに安全に横断できる設備、十分な駐輪場、場合によって

  は駐車場も準備し、市街地までは明るい道路が確保されていること。
7.出来れば1時間に1本程度の定時運行、最低でも2時間に一本、一日5往復以上を

  確保する。

 

 バイパス化が進んだ地方の国道の場合、信号さえ少なければ平均速度は50km/h程度になるルートも多いため、バスの表定速度も40km/hほどが確保でき、利用者から見れば十分に使いやすいものになり、運賃の面でも条件は良くなります。今のところ、表定速度が60km/hほどの高速バスの料金は100kmにつき2000円弱というのが相場のようですから、仮に表定速度が40km/hの「国道バス」が、40kmで1000円程度の料金設定ができれば、かなり割安な交通手段として利用価値が高くなるものと考えられます。

 

 以前、伊勢参宮道の小野江という村を訪ねた際には、最寄りの紀勢本線六軒駅から40分歩きましたが、小野江へ行って聞くと、歩いて10分ほどの参宮道のバイパスに当たる国道23号のバイパスに1時間に1本の路線バスが通ることがわかり、これはさらに海寄りの香良洲などの町からも利用でき、なによりもバイパス上を通るので安全で速度が速いのも特長になります。そのため、こうした幹線国道には比較的速いバスルートがあるものと相場が決まっていれば、鉄道網を補完して余りあるような使いやすいネットワークになるものと思われます。

 個人的な趣味でいえば、「国道バス」のバス停の背後に大きめの駐車場を持つコンビニでもあって、常に明るさが保たれ、待ち時間の時間つぶしもできるような構造ならなお良いと考えていますが。

 

JR久留里線
JR久留里線

025-6 ローカル線ダイヤのセグメント化  2011/8/14


 日本では優秀な一般の人々の多くが自動車や鉄道の技術に興味を持ち、専門家はだしの知識や意見を持つ人も多いことが性能やサービスの向上にも貢献してきましたが、自動車には興味があっても道路に興味がある人は少なく、鉄道に興味があっても、運行効率などとなると少し勝手が違うという人も多いようで、それゆえ自動車にも電車にもそれほど熱心ではない自身のごときが嘴を容れる余地も残されていると考えています。

 

 鉄道の場合、複線化、電化、線形性、軌道の間隔など、要はインフラの出来がその運行効率を決定し (本書 p132)、複線化されていればかなり高密度の輸送を実現することが可能ですが、地方の多くのローカル線は今後も単線のままやりくりしていくしかありませんから、その条件の下で単線なりに運行効率と使い勝手が良いと思えるローカル線のあり方を考えてみました。

ローカル線セグメント化ダイヤ案
ローカル線セグメント化ダイヤ案

 それは右のダイヤグラムのような形で表現されますが、ポイントは毎時定刻のダイヤ編成と、輸送密度に応じた機材の編成とにあり、簡単にいえばひとつの機材で全線を直通する運転を諦めて、片道30分弱の行程のセグメントに分けて、各々の区間でひたすら往復運転をするというものです。
 一般に輸送密度は朝夕と日中とで異なりますが、それ以上に中心都市の通勤圏と県境の峠越えのような通勤通学客が少ない地域との違いが大きく、それでも極端に利便性が悪くならない工夫として、輸送密度に応じて機材の規模を変えてしまう考え方で、さらに敷衍すれば一部の区間をバスで代行することも可能で、さらにはバス路線とともにネットワークになるように設定することもできます。

 

 もちろん、ディメリットもありますが、たとえば地方では通勤通学で1時間以上乗る人は少ないので、30分ごとに乗り換えることも問題ではなく、むしろ始発で運良く座れた人も30分ごとにシャッフルされれば、より「平等」になるとも言えます。
 ひとつの電車が遅れた場合、乗り継ぎの列車は少しの間なら待つでしょうし、遅れがひどい場合は次の電車に乗り継いでもらうようにすれば、遅れが全線に波及することにはなりません。一部のセグメントが利用できなくなった場合には、この区間をバスで代行することになりますが、他の区間は影響を受けないまま運行を続けることが可能です。また、仮に都市近傍のセグメントだけを電化した場合も、機材が混在することにはなりません。

 乗継駅はちょっとしたターミナルになるので、ホーム自体に冷暖房の設備を設けて駅員を配置すれば、いろんな面で快適でしょう。

 ダイヤグラムの路線はB駅-C駅間のみ複線で、中心都市のターミナル駅A駅からD駅まではおおむね単線のまま長編成化で輸送密度を上げ、F駅-G駅間は県境の峠越えの輸送密度の小さい、速度も出せない区間を想定していますが、それでも出来れば1時間に一往復程度を確保したいところです。

 

 陸続きのヨーロッパでも国境越えの列車は本数が少なく不便を感じることが多いのですが、19世紀の戦争によって翻弄された「辺境」の地域も、EUの時代にはそれを地の利として、複数の言語を巧みに使ってたくましく振舞う町が増えてきました。
 日本の場合は県立高校への通学の関係で県境の峠越えの列車が非常に少ないケースが多く、これは行政の都合によって人工的に辺境が作られているようなものですから、できればその辺境の人々も頻繁に県境を越えて生活することなどで、それを地の利として生かせるようにしたいところです。

 かつて、旅商人が徒歩で行き来していた時代には、一日行程の山越えの手前の町は宿をとる人で賑わっていたと考えられ、それは灘に面した港町や、砂漠に面したオアシスの町と同じ位置づけで、それが今では里にある中心的な町を中心に見る思考ばかりが定着していますが、なるべく辺境を作らないことも行政の役割であるはずなので、山越えを別の世界へのフロンティアと捉えるなどして、流通を盛んにする発想も必要であると考えています。

 

外周道路の駐車場例
外周道路の駐車場例

017-7 村の外周路に駐車場を  2011/5/5

 

 町や村の原型である、農地などに囲まれて独立した町の場合、町の外郭を限る位置に外周路の建設が有効で、これは既存の街路を一方通行にするのと同様に、一方通行で周回できるようなものが望ましいでしょう。(7-3-2 村の街路の作り方 p414)

 

 そうして、その町が商業地になっている場合も、観光地になっている場合も、どちらでもない場合でも、外周路にはなるべく図のような形の駐車場を連続的に設置し、平素の利用のほか、祭りやイベントなどでの利用が可能なように、十分な量を確保しておくことが望ましいと考えられます。
 平素の利用としては、街なかの商店街での買い物や観光、友人や親戚の来客などですが、条件さえ整えれば、その町の住民やその町への通勤者の駐車場としても利用が可能です。
 クルマでの来客の多いお店などは、この周回路沿線への出店を好むことになるでしょうが、その場合にはそうしたお店への共用の駐車場としても機能します。
 いずれにせよ、町の内部に乗り入れるクルマは大きく減ることになって、街なかは安全が保ちやすいことから、思い切った規制やイベントの開催も可能になります。

 こうした町や村の構造は、実は最近のショッピングセンターの構造に似ていて、細長い建物(村)の内部に安全な道路が通り、従業員も買い物客も同じ駐車場をシェアしながら、自分の目的地に一番近いところに駐車することで分散され、利用効率は高くなります。

 

 この駐車場の構造のミソは、駐車しようとする車は外周路から一旦駐車場内の側道に入って、そこでゆっくり駐車場を探すことができるため、駐車や出入りの作業が通過車両の通行を妨げることが少ないこと、駐車場から住宅地側に行くには、その側道を渡るだけなので、ショッピングセンターと同様で比較的安全であること、出庫する際には直接街路に出られることなどで、全体としてのスペースの効率もまあまあなものにできます。

 この駐車場の存在によって、街なかに駐車場を確保する必要性はぐんと低くなり、別の用途に転用することも可能になります。

 

水滴状の環状線
水滴状の環状線

009-6 水滴型の環状線なんかがあってもいいんじゃないか  2011/3/6

 

 地方都市の鉄道の場合、完全な環状線は、乗り換えが二回になるために価値の低いものになるという話を拙著本文で触れています。
 それでいて、都市内に路面電車を敷設する場合は、都心部に環状ルートを設けることで、カウエル原型に近い構成にすることが出来るという話もしています (p344:路線のデザイン)。

 それでも、大きな地方都市の旧市街のぐるりを回る環状線や、いくつかの都市が併存する地域ならばこれらの町を廻る環状線があれば、都市機能を環状線上に分散し、企業や大学を誘致する上でも、住宅開発をする上でも有利な条件になると考えています (p346:県庁所在地を含んだ環状鉄道)。

 

 そこで、上図のように環状線に、主要な枝線である北駅方面を融合し、外回りは北駅発環状線経由北駅行き、内回りは中央駅でのスイッチバックを含む環状運転という変則的な設定を採用できれば、環状線の機能を維持しつつ、環状路+枝線上に都市機能の輪を広げることも可能になります。

平面交差なしに三方向の対面乗り換えが可能な構造案
平面交差なしに三方向の対面乗り換えが可能な構造案

 3方向の乗り換えを、駅の立体化を伴わずにひとつの駅でやりくりすることはひとつの課題で、短い編成の路面電車であれば、ロータリー式の駅で可能になると思いますが、一般の鉄道の場合は、図のような「コ」の字のホームによって効率の良い乗り換えが可能になると考えています。
 これは、たとえば外回り北行きをスイッチバックにしても配置が可能で、さらには環状線にもう一つくらいの枝線と組み合わせることも可能になります。

 

020-8 ぼくのクールビズ論  2011/6/11


 これを「発明」に加えてよいものやら、ともあれ今年の夏は電力の消費量を抑えるために、これまでになかったようなクールビズまでもが許容されそうだという話がありますから、この機会に自身なりの考えを簡単に述べてみたいと思います。

 

    夜気は涼しく、八ツ口から入る微風が、出しなの昂奮で汗ばんだ乳房を、
    しずかに冷やして引き締めているのを、二人ながら感じている。
         三島由紀夫『橋づくし』(拙著第八章の扉より)

 

 以前、ひどく暑くなった夏の初めに、ニット地のワンピースで出てきた友人の涼しそうな姿を見て気づいたことですが、世界的に見ても、暑い地域では男の服でもワンピース状の構造の服装が多く、これは体全体に風を通しながらも、日焼けや虫などの災いを防ぐような意味があると思われます。
 日本の和服も基本はワンピースで、単衣(ひとえ)物の場合は、他の暑い地域の服装と同じように体全体に風を通すものですが、袷(あわせ)などの寒い季節の服装に関しても、湿気の多い日本の気候に対する工夫が見られます。

 

 先日、テレビの女性アナウンサーの、脇にかいた汗が服の上ににじんでいる姿が見苦しいと視聴者にとがめられて謝罪したことが話題になっていましたが、そもそも汗がにじむような服装自体が日本の気候に合わないものと言えます。
 人間の体は、脇の下や内股の付け根の部分に、太めの血管が比較的浅いところを通る箇所があり、子供の熱さましなどはこの部分に当てるそうで、和服の寛闊な袖や裾はこの箇所に風が入るようにできていて、ことに女性の着物では身八口(みやつくち)からも風を入れ、振袖も元は子供が遊う際に体温を逃がすための工夫であったと言われ (本書 p455)、つまり、着物で覆って肩や背中、腰などを冷やさないようにしながらも、活動して体温が上がると汗をかきやすい脇の下や股の付け根にはしっかり風を入れて冷やすのが和服の智恵であり、同じ考え方はふんどしや腰巻、あるいは下着としてのランニングシャツにも通じていて、同時に汚れやにおいを考えても合理的なものであったと思われます。

 

 これに対して、半被などの職人の仕事着や現代の洋服などのゆとりの小さい袖は「筒袖」と呼ばれ、機能的であることは確かですが、維新の時の薩長の官軍は、その軍服から江戸では「筒袖」と嫌われ、明治期でも「筒袖は裏店の子」と揶揄されたそうで、これも単なる見栄や差別ではなく、和服の袖にはそれだけの価値があるという認識が背景にあると見た方がよさそうです。
 子供のころまでは、夏休みには有無を言わせずランニング姿になるものでしたが、反面、一種の下着姿で外を歩いている自分の姿に気恥ずかいような違和感を感じることもあり、同じことを感じた人も多かったのか、次第に普及してきたTシャツに取って代わられるようになり、さらには下着にもTシャツが進出してきましたが、和服の智恵と比較すると非常に不合理な選択をしたことになり、それに伴う不快感を輸入エネルギーと原子力に頼って力づくでねじ伏せようとしていたのが昨年までの日本人でした。

 

 さて、昔の日本人に比べて、特に上半身の肉付きの良くなった現代の日本人にとって、どういう服装が快適でエネルギー消費の少ないものになるかというと、多くは個人の服飾の趣味に依存する課題ではありますが、ファッション的には裏店風の筒袖であっても、脇や股の付け根に着目して、身八口やその他の考えを応用した工夫を積み重ねれば、それだけでも大きな効果があると見ています。
 たとえば、個人的には下着として半袖ではなくノースリーブのシャツを愛用していて、これは最近では伊勢丹としまむらくらいでしか手に入らないものですが、もし上のシャツも脇の部分にメッシュやスリットなどを付けて空気が通るように出来れば、仮に長そでであってもずいぶん涼しくできると考えています。

 

 さらに暑くなった場合には、やはり体全体に風を通す考え方がよさそうです。
 衣食住のうち、食の次に衣に禁欲的なイギリスでは、夏になると子供たちが全員と言ってよいほどサッカーのユニフォームのレプリカを着ていて、これは少し高価ではあるものの、軽く風通しがよく丈夫で乾きが早いので、却って経済的なのかもしれません。

 

 イザベラ・バードの紀行を読むまでもなく、かつて西洋人が日本に来た頃には、日本人の労働者の多くが裸同然で暮らしていたと思われますが、これも気候風土を考えると無理もないことで、バード自身もそれを侮蔑的に見ているのではありません。

 そうして、それを指摘して日本の風俗に影響を与えた西洋人の中心をなしたゲルマン系の人々も、かつては裸同然で暮らしながらも、その節度ある社会を称賛されていたわけですから(タキトゥス『ゲルマニア』、カエサル『ガリア戦記』)、結局は、西洋人の言説を敢えて真に受けて、庶民を見下そうとした明治日本のエリートの能力に問題があったのかも知れません。

 

 その日本でも、つい40年前までは和服も多かったのが、これを嫌う女性が増えた時代があり、それでも最近は多くが浴衣などを楽しめるようになったので、和服の快適さに開眼する人が増えれば、今の服飾や暮らし方の問題を理解する人も増えるんじゃないかと考えています。